瀬戸内海に浮かぶ宮島。
島へ向かう船上から海を眺めていると、やがてその向こうに朱色の大鳥居が姿を現す。
日本三景のひとつとして知られる宮島を象徴する風景であり、1996年には世界文化遺産に登録された厳島神社。けれど、その魅力は「世界遺産」という肩書きだけでは語りきれない。
海の上に建ち、潮が満ちれば水面に浮かび、潮が引けば海底が姿を現す。
刻々と表情を変える瀬戸内海とともにあること。
それこそが、厳島神社という場所を特別なものにしている。

海の上に築かれた、祈りの場所
厳島神社の創建は6世紀にまでさかのぼる。
現在につながる壮麗な社殿を整えたのは、平安時代末期に隆盛を極めた平清盛だ。
寝殿造を基調とする本殿や拝殿を朱塗りの回廊が結び、その先には瀬戸内海が広がる。
特徴的なのは、海を遠ざけるのではなく、海そのものを境内の一部として取り込んでいることだ。
潮が満ちれば社殿の床下まで海水が入り込み、まるで建物そのものが海上に浮かんでいるかのような景観となる。
反対に潮が引けば、それまで水面の下にあった砂地が現れ、大鳥居の足元まで歩いていくことができる。
自然を制御するのではなく、潮の満ち引きまで含めてひとつの景観をつくる。
千年近く前につくられた建築でありながら、どこか現代的な美しささえ感じさせる場所だった。

早朝、宮島へ
厳島神社を訪れるなら、少しだけ早起きをしてみたい。
日中の宮島は国内外から多くの人が訪れる、日本有数の観光地だ。
しかし朝の時間帯には、それとはまったく異なる表情がある。
筆者が宮島を訪れたのも、まだ一日が本格的に動き始める前の時間だった。
朝8時10分発のフェリーに乗り、宮島へ。船内は空いていて、窓の向こうには朝の光を受けた穏やかな瀬戸内海が広がっていた。
わずか10分ほどの船旅だが、本州を離れ、少しずつ宮島へ近づいていく時間そのものが旅の一部になる。
宮島へのアクセスは難しくない。
広島駅からJR山陽本線で宮島口駅へ向かい、所要時間は約25分。宮島口からフェリーに乗り換え、約10分で宮島へ到着する。
航路は「JR西日本宮島フェリー」と「宮島松大汽船」の2つがある。
筆者は朝8時10分発のフェリーを利用した。早朝ということもあり船内に混雑はなく、座ってゆっくりと宮島までの景色を楽しむことができた。
早朝の厳島神社を楽しむのであれば、8時前後に宮島へ到着するスケジュールをひとつの目安にするといい。
フェリーの運航時刻は季節などによって変わる可能性があるため、訪問前には公式サイトで最新の時刻表を確認しておきたい。
※時刻表は公式サイトで確認。
https://jr-miyajimaferry.co.jp/timetable/

島に降り立ち、厳島神社へ向かう。
まだ人影の少ない参道を進んでいくと、朱塗りの社殿が見えてくる。
聞こえてくるのは、人の声よりも波の音。
回廊にはやわらかな朝の光が差し込み、朱色の柱が静かに照らされていた。
昼間であれば「観光地」として目に映る場所も、この時間だけは本来の「祈りの場所」としての表情を取り戻しているように感じる。
潮の満ち引きがつくる、二つの厳島神社
朝の静かな浜辺を、大鳥居へ向かって歩いていく。
遠くから何度も写真で見てきた大鳥居も、その足元に立って見上げてみると印象が変わる。
巨大な鳥居、その向こうに広がる瀬戸内海、振り返れば海上の社殿と背後の山々。
満潮と干潮。
どちらが優れているというものではない。
同じ場所にいながら、訪れる時間によってまったく違う風景に出合えること自体が、厳島神社の楽しみなのだと思う。

朱塗りの回廊を歩く
大鳥居に目を奪われがちだが、厳島神社ではぜひ社殿そのものをゆっくり歩いてみてほしい。
本殿に祀られているのは、市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命の宗像三女神。
古くから海上交通の守護神として信仰を集めてきた。

社殿を結ぶ朱塗りの回廊を進んでいくと、視界には絶えず海が入り込んでくる。
柱と柱の間から見える瀬戸内海。
白壁と朱色の柱。
その向こうに浮かぶ大鳥居。
建築と自然を切り離して眺めることができないことに気づく。

境内には舞楽が奉納される高舞台も設けられている。
さらに視線を背後へ向ければ、宮島の最高峰・弥山へと続く深い緑がある。
海、山、そして社殿。
それぞれが別々の景色として存在するのではなく、すべてがひとつにつながっている。

厳島神社は、建物をひとつずつ「見る」ための場所というより、回廊を歩きながら空間そのものを感じる場所なのかもしれない。
とりわけ朝は、その感覚が鮮明になる。
少し張りつめた空気のなかを歩き、静かに参拝する。
世界的な観光地にいながら、不思議なほど穏やかな時間が流れていた。
ほんの少し早起きして出合う、もうひとつの宮島
厳島神社の大鳥居は、これまで写真や映像で何度も目にしてきた。
それでも実際に宮島を訪れ、朝の海辺に立ってみると、記憶に残ったのは大鳥居だけではなかった。
瀬戸内海の静かな波。
朝の光を受ける朱色の回廊。
人影の少ない境内に漂う、少し張りつめた空気。
そして、潮の満ち引きとともにゆっくりと姿を変えていく風景。
厳島神社は、日本を代表する観光地であると同時に、千年以上にわたって人々が祈りを捧げてきた場所でもある。
早朝に訪れると、その二つの顔が静かに重なって見えてくる。
必要なのは、ほんの少し早起きすることだけ。
宮島を訪れるなら、一日の始まりを厳島神社で迎えてみてほしい。
きっと、昼間とは少し違う宮島の記憶が残るはずだ。


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